エレベーターの止まった先ではバカ殿が騒いでいた。
シャンプーハットを首まわりに生やし
エスタ人のあいだでもゲーム全体でも現代日本でも浮くであろう羽織袴を身につけている。
あれがたぶんオダイン博士だろう。
今わかった。イデアはオダイン博士と会ってない。
あんなバカ殿だと知っていたらわざわざエスタまで来なかったはずだ。
そのバカ殿はエスタの技術者と話していた。
エスタの技術者は、かつてF.H.で見せてもらったドープ駅長と同じ服装をしている。
あまりに気づかれないので、ラグナは近寄って話を聞いてみた。
こんなに注意力が散漫で研究などできるのだろうか。
あるいは目先の会話に集中するからすごいのだろうか。


「ルナティックパンドラを武器として使用するには」
助手が言う。
ルナティックパンドラは、名前からして動物園かと思っていたが
何かの道具なのだろうか。
「まず、移動させる機能が必要だと博士がお考えになり、いま研究しているわけですが……」
武器、というのは対ガルバディアで使用するつもりだろうが
これまでヒャダルコたちがエスタの会話をしたときに
ルナティック・パンドラという言葉が出てこなかったからには
おそらく武器としての実用化はなされなかったのだろう。
助手は続ける。
「いつ……そのような大胆なアイデアが浮かぶのですか?
 私たちでは、とうてい思いつきませんが」
「そんなことは、忘れたでおじゃる!」
バカ殿は結果を重視して経緯は気にしないタイプの人間らしい。
昨日友人の嫁さんを評した時に
「お前は理系の人間だな」という言葉を使った。
そのお嬢さんはまだあって数回の俺の言葉を一生懸命きこうとして
こっちのネタを、最初の前フリからしっかり噛み砕こうとしている。
その結果オチまでたどり着くのが時間がかかるのだが
俺はそれを、愛情を込めて理系と言ったのだ。
とはいえ理系というより数学者のイメージの方が近かった。
定理を導き出す時の彼らの数百行数千行に渡る論理展開の波
あれを一つ一つ検証していくことができるのが数学者だと思っていたのだ。
どうやらこのゲームにおける研究者の筆頭であるバカ殿は
直感で結論にたどり着き(ここまでは凡百の数学者と同じ)
そのあいだの検証はどうでもいいらしい。
さすがは第一人者だ。
こんなやつに給料を払うな。


博士の助手はさらに驚くべき話を教えてくれた。
なんと、宇宙にルナサイド・ベースという基地を作ったのだという。
それはすごい。
俺が唯一観るアニメ映画『王立宇宙軍』では
「人間? そんな重いものどうやって飛ばすんだよ!」
というセリフがあって、荷物としての人間の重さが強調されていたが
すでにエスタはそれを克服していたのだ。
なんでガルバディアが勝ったんだろう。
魔女の力でも科学力でも雲泥の差じゃないか。
ともあれ、その予算はルナティックパンドラ研究所の数千倍、数万倍らしい。
助手はそれをうらやましがっていた。
助手というより本部(あるいは梶原、あるいは雷電)の解説は続く。
「魔女の研究のためと……世界各地から、強引に娘をつれてくるという噂を耳にしましたが
 私も娘を持つ親として心を痛めているのですが
 親の承諾は得ているのですか?」
「研究の役に立てば親も喜ぶでおじゃる! それでいいのでおじゃる!」
ああ、ぶっとばしたくなってきた。
なるほど。魔女アデルが後継者育成のために探すだけではなく
バカ殿は、それまで普通の人間だった娘が魔女となったときにどんな変化が現れるかを調べたいのだろう。
アデルの恐怖政治で塗りつぶされているかと思われたエスタだが
充分バカ殿は発言権を持っているようだ。
そして助手はさらに重要な情報を口にした。
「前にお貸しした『月刊武器 創刊号』はどうなりましたか?」
ヒャダルコの最後の武器が載っている雑誌じゃないか。どこにあるんだ?
「そんなものは知らないでおじゃる!」
お前なあ。


バカ殿は魔女の力が支配する国で高い地位についていた。
これはつまり
魔女が科学の力を利用する価値を認めている、つまり魔女の力は万能ではないこと。
バカ殿が優秀な科学者であることを示している。
パルプンテが策略でイデアにつけさせようとしたオダイン・バングルも
本当にバカ殿が作ったものならば効果があったのかもしれない。
バカ殿がバングルを作ったのは魔女の支配が終わったあとだろう。
魔女アデルが姿を消したあと、その後の権力を握った連中は
バカ殿を旧体制派とみなさずに利用することにしたのだ。
そこで不思議なのだが
バングルを作ったのはバカ殿の意思だったのだろうか。
それともポストアデルの権力者たちの意向だったのだろうか。
魔女の支配下でもここまで勝手気ままに振舞っていたバカ殿が
新支配者たちに威されたからって従うとは不思議なのだが
かといって、実は魔女に対して恨みがというようなことでもないと思う。
バカ殿の内面にもやはり語るに足る何かがあるのだろうか。
もしもそうだとしても聞きたくない。バカ殿の口調は神経をさかなでるから。