本当にこの街が目的でなければいいのだけど。
助手は不安げだがバカ殿は平気だった。
ただ一つ気がかりがあるらしい。
「ただ、ティアーズポイント……」
そこまでつぶやいてゼルたちに気がついた。
ティアーズ・ポイントとはヒャダルコがソロモンの指輪を拾った遺跡である。
月の涙が落ちてきてえぐられたクレーターであり
恐らく祭儀のつもりだろうか、巨大な神像が祭られている。
月の涙に深く関係しているティアーズ・ポイントとあいまって悪い効果をもたらすとしたら
ルナティック・パンドラは月の涙に関係しているのだろうか。
というか。
この世界の言語が英語を取り込んだ日本語だということを認めたらどうだ自分。
『ルナティック』は月だろ?
パンドラは魅力的だが頭の弱い女だ。また、代名詞的に災厄のつまった箱のことも指す。
つまり月の災厄(モンスター)がつまった箱が、ルナティック・パンドラなんだ。
で、パンドラの箱から災厄がばら撒かれたようにルナティック・パンドラからはモンスターがばら撒かれるのだ。
内部でモンスターを生産するのか、月の涙を呼び寄せるのかはわからないが
地理的に月の涙を起こしやすいティアーズ・ポイントにそんなものが移動したら
相乗効果で大量のモンスターが落ちてきかねない。
大量のモルボルが。
死ねる。
早くビッグス大佐を倒してルナティック・パンドラを止めなければ。


ゼルたちに見られていたと知っても、バカ殿は上機嫌のままだった。
「おまえたちでおじゃるか。わくわくするでおじゃるな」
あれ?
バカ殿がその昔、ルナティック・パンドラを武器にしようとしたのは
それで単身敵国に乗り込み、月の涙をじゃんじゃか起こし
兵士を損なうことなく向こうの戦力を減らすとかいう作戦かと思っていた。
だったら、自領内部でモンスターを欲しくはないだろうと思うのだが。
科学者の知的快感は善悪を超越するのかもしれない。
あるいはただの馬鹿なのか。
後者に一票だ。
「なにがわくわく、だよ! ガルバディアとかなんとか!!」
オダインもオダインならゼルもゼルだ。
とりあえず何がどうなっているのか掴んで
それが自分にとって有益か無益か判断しなければ行動を決められない。
それをするのがリーダーの役目なのよ、ゼル君。
お前は夢でウォードだったじゃないか。
おそらくこの世界で一番ルナティック・パンドラの知識があるバカ殿に噛み付いてどうする。
しかし筋肉バカの相手はバカ殿で
こちらは自分の知っていることをひけらかす欲求にしか目が行っていない。
「ひさしぶりなのでおじゃるよ。ルナティック・パンドラ」
「そのルナティックナントカってのが、あのでかいやつか? あれってなんなんだ?」
どうやらゼルはパンドラの箱の神話を知らないらしい。
いまの日本でパンドラと言えば
まあ「ああ、プロメテウスの妻ね」という人は4人に1人としても
「箱だよねー」というくらいは返してくるだろう。
だから、いまの日本に比べてはギリシャ神話は知られていないことがわかる。
そういえば、北欧神話の主神さまも
ヒャダルコたちの前に立ちふさがるザコを切り倒すことしかしない。
モルボルの時には出てこないところを見ても、彼だってモルボル以下なのだ。
ハインという力ある神が実在し、その力を魔女としてみな実感しているから
異教の神々は矮小化されているのだろう。
そしていつだって、マニアックな奴らが命名の材料にするのはマニアックな神々なのだ。


バカ殿は喜んでルナティック・パンドラについて説明してくれた。
それは17年前よりも前に地下から発掘されたものらしい。
動物園ではなかったんだな。
しかし博士の説明は、いかに整備をしたかとかどんな調査をしたかという
脇の話に偏っている。
ゼルは苛立つが、じゃあ何が知りたいのかといわれると
「いったい、なんなんだよ、どうなるんだよ」
あのさあ。お前はパルプンテか何かか。
大声を上げれば誰かが理路整然と説明してくれると思っていないか?
誰かが行き先を示してくれると思っていないか?
質問をするときは、知りたい側が「どのようにたずねれば効率よく知識を得られるか?」と考えるべきだし
行動というのは常に変えたい問題があるときに最小限のことをするべきなんだぞ。
ヒャダルコは未熟だったけれど、考えたし何より余計な行動をすることは少なかった。
だから、世界のかなり重要なところに関わりながらも
大事故を起こさずにこれたのだ。
ヒャダルコの積極性のなさと決断の遅さと浅慮は
とても主人公っぽくなかったけれど
とはいえ熱血のゼルや楽天のセルフィが主人公ではたぶんDisc2に行く前に処刑されているだろう。
そのことが、この会話だけでよーくわかる。


悠長なオダインをゼルはさえぎった。ガルバディアという敵が来ているんだろう?
おお。それはいい話のもっていきかただ。
ガルバディアはかつての敵国であり
外交交渉もなくコンニチハは普通侵略と言われる。
イデアの呪縛から逃れたガルバディアであってもヒャダルコたちにとってはどうやら敵らしいが
そこにエスタを巻き込むのは弱小勢力として非常に正しい選択である。
しかしゼルが輝いたのはそこまでだった。
ゼルは続いてこう言ったのだ。
「時間がないだろう。何か方法があるなら自分たちがやってやるから、何か教えてくれ」
おいおい。
そんなこと簡単に言うな。
俺がもしもそんなこと言われたら
お前が本来やるべきではない仕事まで全部押し付けるぞ。
お前は考えるのが苦手らしいが
絶対に他人に対して「指示してくれ」なんていうな。
17歳だからしょうがないのかもしれないけどさ。
なによりも、ガルバディア人の目からまませんせいを隠す必要があるだろうが。
基本的にこれはエスタとガルバディアの問題であって
情報を全部集めてから関わるかどうか、どこまで関わるかを決めるべきじゃないのか。