視点はかわり、宇宙の放浪者になっているパルプンテである。
生命維持装置(温度維持か酸素維持か?)の残りが15秒を示した。
――私、生きられるのかしら。
いつもはアレなパルプンテもさすがに身体を動かすこともままならないこの虚無の空間では
なんだかしおらしかった。
――自分だけではどうすることもできない。ただながされるまま。
残量がゼロになった。即死ではなく、これから緩慢な死が訪れるのだろう。
生きられる? 生きられない? それにしても妙にあきらめがいい。
大統領誘拐に失敗したと思ったらテレビ放送を独立放送にしようなどといっていた
無駄に不屈の闘志を備えていた馬鹿のおもかげは見られない。
もしかしたら、身体を乗っ取られている間の意識があったのかもしれない。
アデルを間近で見てその目の輝きに触れることで
「ああ、悪役としてはこいつの方が格上だ」
と思い知ったのだろうか。
――私……このまま…・・・もうだめなのね
そして維持機能が停止した。
エルオーネがヒャダルコを送り込んでいるのは、パルプンテのほんの少し前の過去である。
そこでヒャダルコが脳の一部を占拠して考えたことは
比較的新しい、つまり優先して再現されるシナプスの経路になるだろう。
エルオーネの能力では、今その場のパルプンテと対話することはできない。
でも、その直前のパルプンテの頭の中で生きるための意志などを繰り返し描けば
その直後の脳で考えるパルプンテも自然とポジティブな思考法をするようになる。
そういうことだと思う。
そして、ヒャダルコは必死になって励ました。
――もうだめ……
――もう……
(だめだ……)
(あきらめちゃ、だめだ)
ほんの少しの過去とはいえ、ほぼ現在目の前で起きている状況である。
漂流している女が何を考えてるかを覗き見するのは非常に精神的にきついことだと思う。
何しろ状況はどんどん悪くなるのだから
パルプンテの考えることもどんどん悪くなっていく。
それを引き戻すには、熱意が必要である。
俺にはできないが、ヒャダルコにはできるらしい。
本当に大切なんだなあと感心してしまう。目が腐ってんじゃねーか、とも思うが。


――わたしはこのままうちゅうのちりとなって……
パルプンテの思考が危険水域に達しつつある。呼吸が荒くなってきた。
酸素の量なのか、温度なのか。身体も偏重を感じているのだろう。
(だめだ、パルプンテ パルプンテ!!!)
ヒャダルコが必死に叫んだ。
そして、意識を失いかけたパルプンテの前に鎖につながれた指輪が見えた。
思わず涙がこぼれる。
――わたし まだ がん ば れる かな?
ゆっくりとした動きで宇宙服のボタンを押す。
おそらくそれが最後の切り札なのか、わずかだが機能が戻った。
それにしてもどうして操作方法を。


ヒャダルコの意識がもどった。何も言わずに立ち上がる。
ボタンを押したことでしばらく猶予ができたから、回収をしにいくという
「私の力なんて必要なかったね」
エルオーネがそう言うのは、結局のきっかけになったのは
ヒャダルコの指輪を見たことだったからだろうか。
エルオーネはそれがヒャダルコの指輪だとわかったのか?
ほんとにラグナかレインの形見なのかもしれない。
ヒャダルコはポッドを出て行った。
現在このポッドはルナ・ベースに向けて走っているはずだ。
つまり、アデルの封印があった場所からはずいぶん離れているはずだ。
月の涙にひきずられて、パルプンテも移動させられてしまっていたのだろうか?
とにかく偶然にも、ヒャダルコが活を入れてパルプンテを蘇生させたその瞬間に
脱出ポッドが通りがかるんだからこの二人の運も大したものだ。
ただ、脱出ポッドから離脱したヒャダルコにも当然慣性はかかっているから
一瞬でパルプンテを確保しないとすれ違いのままパルプンテは窒息もしくは凍死
ヒャダルコは窒息もしくは焼死という結果になってしまう。
そこでミニゲームです。
恐らくヒャダルコの宇宙服にはほんの少しだけ軌道を修正できる機能があり
浮いているパルプンテへ近づくのはポッドからもらった慣性でやるにしても
それをちょっとずつ修正して、見事パルプンテをキャッチできるのだろう。
そのためには視界の中にパルプンテがいるようにしなければいけない。
360度の漆黒から、パルプンテを発見しなければ。
でもうちのテレビ14インチだしよお。
そう緊張していたら、いきなり目の前にいた。
そのまま操作しないでおけば、近寄るにつれてパルプンテが大きくなっていく。
そして接触した。
しかしポッドからは遠く離れてしまった。当然だ。