考えていることはともかく、ヒャダルコは自分たちの提案について尋ねた。
「みんなの気持ちはわかった。でも……」
暖かいものと出会ったとき、それが暖かいから、失うことが怖いから拒絶するのはヒャダルコの本能だ。
パルプンテがなにを言っても、その言葉の温度だけで自動的に逃げ出してしまう習性になっている。
それを感じ取ったかヒャダルコはシャットアウトした。
しゃべらせるだけじゃなくて、悪い言葉はしゃべらせない知恵も持っている。
こんな17歳がいるのかよ、世の中には。
「みんなで一緒にいられるのって今だけかもしれないでしょ?」
考えてみれば、パルプンテも5歳の甘えたいさかりに母親であるジュリアをなくしているのだ。
交通事故死だから予兆も何もなかったに違いない。
今日と同じ明日が来るとは、実は幸運なことなのだと知っている子なのだ。
「せっかく一緒なんだからたっくさんお話ししたほうがいいと思うんだ」
これはパルプンテの後悔が含まれているのだろう。
「……今だけか。明日いなくなるかもしれない仲間なんていらない」
情けない弱音だったが、パルプンテは優しく受け入れた。
「なんでも悪く考えちゃうんだね」
パルプンテは、明日仲間がいなくなるかもしれないというヒャダルコの予言を
悪い考え方だと切り捨てた。
でも、明るく生きている彼女の世界も実際は順風満帆とはいえない
父親は実権を失ったが、それでも父の部下たちは各地を侵略している。
その軍では昔の恋人が自分たちを狩り立てる先陣を切っている。
対魔女の最重要拠点と思われる基地は故障で身動きが取れない無防備な姿をさらしていて
しかしその指導者は実は魔女の旦那さんなのだ。
戦闘関係の指揮官には、能力はともかく性格は明らかに不適格な新米がつくほど人材は枯渇している。
そんな光明を見出せない闇の中にいるパルプンテでも
「仲間たちが明日ヒャダルコの前からいなくなること」を悪い考えだと言ってのけた。
「未来の保証なんて誰にも出来ないよ」
そう。さんざん友達と遊んで家に帰ったら
母親が事故死しているかもしれないのがこの世界であることをパルプンテは知っている。
「だから、いま、なの。みんなが、今したいことはヒャダルコの力になりたいってこと」
みんなお前が好きなんだ。お前はそんなだけどな。パルプンテは必死になっている。
お前が大変な役目を与えられたなら、一緒にがんばってそれを何とかしてやりたいんだ。
思い切り肩を押した。


乱暴に肩を押されてその勢いに揺れたのは姿勢だけではない。
俺と一緒に……? ヒャダルコはおうむ返しに呟く。
パルプンテは笑っただろう。
そのことだけを覚えておいて一人じゃどうしようもなくなった時に思い出してくれ。
みんなそれを待ってるから。そう言って、笑いかけたはずだ。
「保証はないけど、明日とか明後日とかそんなにすぐにいなくなったりしないよ」
言外に、自分の気持ちからお前のもとを離れて行ったりはしないと伝えている。
ヒャダルコが一人じゃどうしようもなくなった時
誰かにグチを聞いてもらいたかったり相談したかったりして
でも、「もしも相手に嫌がられたら」と先回りして心配した時
この言葉をきっと思い出すことだろう。
ツボを抑えたいいカウンセリングでした。
どうやらパルプンテの任務は終わったと判断したようでふたたびBGMにあわせて歩き出した。
ヒャダルコがしたいことって何? 今とか将来とか」
それをヒャダルコは考えたことがない。
何かをしたいと考えてしまったら、外の世界に働きかけなければならないから
考えないようにしてきたのだろう。
夢見る、というのも訓練が必要なのかもしれない。
「悪いな、そういう話ならパスだ。あんたはどうなんだ?」
「遠い将来の話は……わたしもパス。よくわからないの
 今は……こうしてたいな」
長い間、お疲れ様でした演奏の四人。
あと、好きでやっている身でこういうことを書くのはどうかと思うが
俺も疲れました。この二人の会話を好意的に解釈するの。


部屋に戻りベッドに横になったヒャダルコを、またあの夢が襲う。
お姉ちゃんと引き離されたヒャダルコが雨の中で、強くなると誓う夢だ。
今回の回想で思ったのだけれど、ヒャダルコは「自分を信じてくれる仲間」と「信頼できる大人」がいたのだろう。
もしかしたら、家族と仲のいい友達のいる場所からヒャダルコだけが引き剥がされたのかもしれない。