さあ、シュウ先輩の顔を立ててバラムに遊びに行こう。
この人は、何度ブリッジで話しかけても同じことしか言わない。
なんだろう。バラムに家族がいるのかな。
バラムに恋人がいたりして。
そう決めつけるとして、やっぱり傭兵じゃないだろう。
かわいいところもあるとはいえ、内紛の時の指導力からして芯は強い女性である。
陸で待つ男はいつも心配していたはずだ。
それなのに、シュウ先輩がふと後ろを振り返ってみると
ガーデンは根こそぎ引っこ抜かれ、跡地にミサイルが叩き込まれた。
バラムの街も名実ともに震えたはずである。
なんとか自分の無事を伝えたい――シュウ先輩がそう念じたとしてもおかしくはないだろう。
そして同じような境遇の奴らはきっと学園内に少なくないはずだ。
たとえばゼルだって、お母さんを安心させて上げなければならないし。
なつかしのバラムに向かうというアナウンスは多分喝采で迎えられたことだろう。
ゼルなんか、イエーとかワーとか言いながらあと一人のパンの列を抜け出してヒャダルコのもとに走ったはずだ。


そんな楽しい雰囲気も、しかし信じられない光景によって目を覚まされた。
バラム・ガーデンと同じようなしかし悪者っぽい赤い建物が
バラムに隣接して浮いていたのである。
あれはガルバディア・ガーデンだろうか?
さすがにすぐれた科学力と魔女の魔法力をもっているだけあって
「バラムのガーデンがどうやら浮いたらしい」
と訊いたら「じゃあうちも」とすぐに実用化できたということか。
ガルバディア・ガーデンはドドンナがノーグに命じられて作ったものだから
おなじくセントラ文明のシェルターを利用していたようだ。
あわてて後退し大きく迂回して、炎の洞窟付近に着陸した。
どうやらガルバディア・ガーデンからの反応はないようだ。
まだばれていないのだろうか。
あるいは、ガルバディア・ガーデンの生徒が徴用されているが
サボタージュしているのかもしれない。
ゆうざん師匠に蚊取り線香を焚いてもらってバラムへと近づいていく。
よくよく考えてみると、ゆうざん師匠ご自身が蚊っぽいよな。
さすがはドローグラビデで倒されただけのことはある。
自虐がご趣味らしい。


港町バラムに潜入した。
どうも町が封鎖されているらしい。なんじゃこりゃあ、とゼルが驚いている。
街の外には、封鎖された際に中にいなかった住民がうろうろしている。
どうやらバラム・ホテルの経営者夫婦らしい。
この夫婦には娘さんが一人いたはずだが? と質問すると
やっぱり心配していた。
兵士に尋ねると、封鎖の期間は数日間らしい。
ということは、学園が動けるようになって狩りの旅行をしていなければ間に合ったのかもしれない。
シュウ先輩の言うことに従っておくべきだった。
うろうろしていたらガルバディア兵に怪しまれた。
「ガルバディア軍がこの街に何の用なんだ?」
身分を隠してヒャダルコが質問をする。
あのさ、向こうは軍人なんだからもう少し穏便に……
しかし兵士は気にしなかった。ガルバディア軍は軍内部の規律はゆるいのかもしれない。


それにしてもガルバディア軍の目的は何か。
バラム・ガーデンにほど近いこの港町にエルオーネがいると踏んだのだろうか。
あるいは、バラム・ガーデンの関係者が多いからだろうか。
F.H.に対してはエルオーネを出そうが出すまいが街を焼き払うという強硬手段に訴えたが
それをここでは採用していない。
破壊しないメリットがあるか、破壊するまでもないのかどちらだろうか。
考えてみれば、F.H.はかなり自給自足ができそうな都市である。
いちばん金になる工業製品は自分のところで作ってしまうのだから
それを売って野菜・穀物を買うというどこかの国のような貿易が可能である。
それをぶっ壊しても、工業大国であるガルバディアにとってはメリットの方が大きいのかもしれない。
また、視線をかえればF.H.の技術力は各国に知られているだろうから
そこを破壊することでガルバディアの力を誇示することもできるだろう。
ところがバラム、こののんきな港町を壊したとなっては
単に非道さだけが際立ってしまう。
とはいえイデアは人間たちの恐怖の魔女幻想どおりに踊ることを
人身掌握の柱としているのだから矛盾するような気がする。
やっぱり、この街には何かあるのだ。