来客はキロスだった。戦いやすそうな服装だが軍服ではない。
「ラグナくん、ひさしぶり」
崖から叩き落された割には元気そうで、ラグナのことも恨んではいないようだ。
しばしキロスと久闊を叙す。セントラからの大脱走からはどれくらい経ったっけ?
「あれは……。惨めな敗走というな、普通は」
キロスは相変わらずだった。
それを聞いたレインは「や〜っぱり」と笑う。
ラグナのことだからかっこつけようとして嘘をついたのではないだろう。
自分のしたことを勘違いしているだけだ。
何しろキロスとウォードを突き落としておいて
自ら勇気を持って飛び込んだことにしてしまったのだから。


死のダイブからは一年経ったらしい。
つまり、二年前にウィンヒルは侵略を受けた。
一年前にはガルバディア軍はエスタ領セントラというところまでは侵攻することができていた。
しかし魔女戦争はまだ終わっていない。そうなるか。
ガルバディア軍の反攻が停滞している理由はなんだろう?
それはわからないが、ラグナは死のダイブから半年以上ベッドの上にいたらしい。
意識がなかったから頭からすんなり落ちたであろう二人に比べ
ラグナは暴れた結果岩場のでっぱりにぶつかったりしたのかもしれない。
人はそれを自業自得という。
「私が看病しました〜」
と誇らしげなレインにキロスはまじめくさって礼を言った。
つまりウィンヒルエスタ国境にとても近い海辺の村なのだろう。
キロスがラグナの行方を追っても足取りがつかめなかったということは
一人だけ船に回収されず流されたラグナを村人の誰かが拾ったというところだろうか。
一方でキロスの怪我はなんと一ヶ月で治り、そして軍を辞めてラグナを探していたそうだ。
ヒマだから。


さあ、キロスにいろいろなことを訊こう。
知りたいことがたくさんある。
まずはウォードだなぜ来ていない? 元気にしているのか?
ウォードも軍を辞めて、職も見つけて元気に働いているという。それはよかった。
D地区収容所で掃除をしているらしい。
似合わないけど、元気ならいいか。
ラグナは安心した。そりゃそうだ。あれだけ仲のよかった三人だから
連絡がつかないのは不安だったろう。
「結局、声は戻らなかった」
あれか? エスタ兵にHPを1にまで削られた時に声が出なくなっていたが
あれがそのまま残ったのか?
彼は巨漢に似合わずけっこうひょうきんだったのに。
しかしキロスには、顔を見るだけで何を考えているかわかるという。
あれだけ顔がでかければ不自由をしないのかな。


ヒャダルコの意識である(ここはどこだ?)を選んでみた。
ラグナたちは時折訪れるヒャダルコたちの声をきちんと認識しており
妖精さんと名づけているらしい。
キロスの中にも誰かが入っているようだった。誰だろう。
ラグナ「じゃあ、今日の仕事は楽そうだな」
キロス「バトルが楽しみだ」
えー!!
驚きである。
ラグナやキロスやウォードが平然と師匠を使えたのは
妖精さんであるヒャダルコたちのものを借りて使っていたのか。
そりゃ、魔法の数まで一致するはずだよ。
でもそうすると、師匠たちが保存していた記憶をヒャダルコたちが読み取ったという
俺の仮説が根っから崩れる。
なぜラグナたちが、なぜヒャダルコたちに?
その疑問がまた復活してしまった。


レインの前でどうかとも思ったが、やはりジュリアのことは気になる。
あれから一年、彼女は歌を作れたのだろうか?
キロスは知らないようだったが、ジュリアの名前にレインが反応した。
「歌手の?」
歌手か……作詞家を雇えるとも思えなかったから歌詞を作れたのだな。
しかもレインが知っているくらいだからそれなりにメジャーになったのだろう。
よかった、よかった。
どうしてラグナがジュリアを気にするのか? その疑問をレインの目に読み取ったのかもしれない。
「ラグナくんはジュリアにあこがれて非番の夜は必ずクラブへ行ってた」
キロスが過不足なく2人の関係を説明した。
レインは驚いたようだった。
そりゃそうだろう。今をときめく(?)歌手がラグナが行くようなクラブで歌っていたというのは。
ジュリアが初めて歌った歌は、アイズ・オン・ミーというらしい。
ピアノを弾く自分を見つめるラグナの目を思いながら歌詞を書いたのだろう。
同じことをラグナも思い当たったようだった。声がどもっている。
「ど、どんな歌だった?」
「曲はね、ああ、恋してるんだって感じがする」
おお!
ラグナならこれで充分勘違いできるぞ。
行くか行くか? まなざしを注ぎに。
そこでキロスが冷静に釘を刺した。
「最近結婚したらしいな」
ってキロス、やっぱりお前近況を知ってたんだよなあ。
だけどレインの前だから遠慮したのだ。そして今、釘を刺した。
やっぱりラグナのことをよくわかってるし、よく観察しているやつだ。
だてに減点の達人ではない。


さらに驚くべきことが発覚した。
ジュリアが結婚したのはガルバディア軍のカーウェイ少佐だというではないか。
まさかここで名前のミスリードをさせるとは思えないから
ジュリアはパルプンテの母親ということになるのか。
まさか少佐はあのクラブの地下で「飛ばしてやる……」ってうなっていた奴じゃないよな。
いや、あんな器の小さい男じゃないよな、少佐は。
ジュリアとカーウェイ少佐の馴れ初めは
「好きな人が戦地に行って行方不明になり落ち込んでるところを少佐が励ました」らしい。
やはりそうだ。少佐はかっこいい。
たとえばクラブの地下にいた高級士官がカーウェイ少佐だったとしたら
そんな嫉妬深い旦那さんをもったジュリアは間違っても
このエピソードを話すことはできなかったろう。
カーウェイ少佐の愛情を実感し、自分もまた愛しており、現在の日々に満足しているから
過ぎたこととしてそれを話せるのだ。
ラグナよ、ここで「今からでも俺が行けば」なんて思ってはだめだぞ。
男はたいがいそれで失敗するが
「女の恋愛は上書き保存」なんだから。
それにしてもジュリアはいい男を捕まえたと思うのだが
カーウェイ少佐は明らかに失敗だったと思われる。
そりゃ美貌さ。歌手として成功するなら才能もあるだろう。
ラグナとの会話やそのインタビューを考えても奥さんとして文句があると思えない。
けれどアレだ。遺伝子が問題だ。
単なる客を部屋に呼んでしまうような直球ジュリアの遺伝子が
いまパルプンテという姿になってあなたの進退を危うくしているのですよ。
しかし、一方で考え方をあらためると
独裁政権で軍事力を掌握していられるような頭脳と自制心の男の遺伝子が半分はいって
ようやくパルプンテはアレである。
これが、ラグナとジュリアの子だったりしたら
訓練も受けないのに身体能力でSeeDたちとタメをはり
たまを発射することで超強力な全体ダメージをぶっとばす素材に
ラグナのいい加減さまでも加わるとしたら
魔女なんかとは比べ物にならない魔王が生まれるんじゃないかと思われるんだ。
やっぱり、ジュリアの引き取り先はカーウェイくらいがよかったのかもしれない。


「戦地に行った男の帰りを待ったりはしないものなのか?」
キロスにも女心は疑問なのだろう。その質問をラグナは乱暴に打ち消した。
ジュリアはいま結婚して幸せなのだ。だったらそれでいい。
男だなあ、ラグナ。
そしてそばに来ていたエルに話しかけた。
「なあ、エル。そうだよな〜?」
「そうだよな〜」
エルが結論を出してくれた。
「この話はおしまいだ!」
それにしても、エルオーネに対するぞんざいな言葉遣いを
レインは指摘しなかった。
さすがに女というべきだろう
『アイズ・オン・ミー』というタイトルと、普段見知っているラグナの視線。
最初にはぐらかそうとしたキロス。
敗走のどさくさで生死不明になっていたであろうラグナ。
あきらかに慌てているラグナの態度。
これらから疑惑を抱いてもおかしくはないだろう。
でも、ラグナはしきりにジュリアの話題から離れようとしてくれる。
それが嬉しくて、言葉遣いを注意することを忘れたのではないだろうか。