エレベーター前で上の階へ向かうシュウ先輩を発見した。
探して二階教室の奥の廊下へ行くと
彼女は一人で待ち構えていた。
「あなたたちはどっち派?」
すごいな。
ここでマスター派と言われたら
ひとりで戦うつもりだったのだろうか。
そうそうたる師匠たち相手に一人で?
サイファーすらヒャダルコ一人ぶんの師匠にかなわなかったのに。
シュウ先輩はすごいドーピングをしているのかもしれない。
しかしヒャダルコの方に我慢の限界がやってきた。
つきあってられない。自分たちはシド学園長に報告することがあって
それは一刻を争う事態なんだよ。
同期のキスティスからも口ぞえをしてもらった。
「キスティスが言うなら信じたいけど……」
それでも、対面させるわけにはいかないらしい。
この用心深さ、もしかしたら学園長派と目されていた教師の裏切りなんかがあったのかもしれない。
それでもシドに直結しているシュウに報告できるなら問題はない。
するとシュウは驚いたようで、自分を経由するのではなく即座に詳しい情報を伝えるべきと
判断してくれた。
学園長はなんと学園長室にいるらしい。
最初に踏み込ませて捜索させて、実は隠れていたというパターンか。


シド学園長と対面した。
「ミサイルのことは聞きました」
だが、館内放送がだめになっているから避難命令は出せないらしい。
シュウ先輩と風神雷神が伝えていると報告したら
ヒャダルコたちもそこに加われと命じられた。
しかしヒャダルコはすぐには従えない。
報告しなければならないことは山ほどあり
慣れない判断をして、セルフィたちに危険を冒させている不安もある。
これらのことを、自分ひとりで持っているのにはもう耐えられないのだ。
しかし学園長もまた容量オーバーになっているようだった。
つらそうに頭を抱える。
その様子にヒャダルコは、中途半端だと不満を抱いた。
学園長の態度が、である。
あんたは大人で学園長なんだから正しい判断をしてそれをきちんと指示してくれなきゃ困る。
そう思っているのかもしれない。
命令されることに慣れているヒャダルコ
自分が考える余地もないほどの能力を上位者に求めているのだろう。
そうでなければ、おちおち自分が思考停止していられないからだ。
しかしヒャダルコのように常に傍目八目でいる人間からしたら
当事者である上位者はいつだって思慮が足りないように思えるものだ。
自分だってセルフィたちを送り出すときには自信をもって決断などできなかった。
あの場ではヒャダルコが(望むと望まざるとに関わらず)決断者だったのにだ。
それを考えることなく
ただ子どもが大人に甘えるように、シドの弱さに落胆している。


学園内部にいる全てのものに避難勧告を出すというシドだが、自分の退去は拒否した。
理念の提唱者として十数年ここにいたシドにとってここはもう家のようなものらしい。
「ガーデンはまた作ればいいけど、シドさんはひとりなのよ!」
SeeDの力を目の当たりにして、そのエッセンスである師匠とドーピング技術を知ったパルプンテ
その親ともいうべきシドは生き残るべきだと主張する。
しかし、パルプンテとキスティスが勘違いしたようにシドは城を枕に討ち死にするつもりではなかった。
一つ試してみたいことがあるのだ、という。
しかしその場所に向かおうとしたシドは力尽きて倒れてしまった。
権力の場への魔女の復活からこちら、シドの対応は半狂乱になっている。
未熟なSeeDであるヒャダルコたちを「いちばん近くにいるから」という理由で暗殺メンバーにして
それが失敗すると経済原理を無視してSeeDたちを放った。
執念とは熱量であり、熱量は保存する器を傷めつづける。
そこにこの内紛でさすがのシドも参ってしまったのかもしれない。


ヒャダルコもようやく目の前の男性が強力な上位者ではなく
単なる疲れた中年だということに気がついたようだった。自ら申し出る。
「なにをするつもりなのか。それは俺にやらせてくれ」
なんとヒャダルコが仕事を欲しがった。
ガーデンを救う手段があるのなら、自分がそれをやれるのなら何かしたい。
そう強く思ったということだ。
あるいはシドの言葉で、ヒャダルコ自身もガーデンが自分の家であることに気づいたのかもしれない。
その態度はシドにも予想外だったようだ。なぜそうしたいのか?
ヒャダルコは考える。
……学園長じゃ失敗しそうだから?
……避難命令を伝えて歩くのではつまらないから?
……ここは大切な場所だから?
……方法があるなら試してみたいから?
……ここは彼にとっても家だから?
理由は沢山あった。すべてが絡まって、この希望を産んでいる。
でも、一つ一つをわかってもらうのは面倒だった。
「俺の気持ちなんて関係ないと思います」
シド学園長はこらえきれずに笑い出した。キスティスの報告通りだと。
「自分の考えや気持ちを整理したり伝えたりするのは苦手な生徒だと」


そうだとしても、そういうことを本人の前でいっちゃダメだろう。
苦手なんだから、受容の姿勢をもってほぐしていかなくちゃ。
自分の話が面映いヒャダルコは本題にむりやり戻す。
ほら。ヘソをまげてしまった。
「この建物はもともとシェルターでした。それを改造したのが今のガーデンです」
シェルター……。かつての魔女アデルの危険から避難するためのシェルターかな?
エレベーターを使ってMD層という場所に行くことができ
最深部には、何かの制御装置があるらしい。
どんな機能かもわからないが、とにかくシェルターだったくらいだから
いまの無防備なガーデンに欠けている防御機能かもしれない。
低い確率だが、それに賭けるだけの根拠が何かあるのだろう。
MD層最深部にて未確認の装置を起動するこれは
ヒャダルコが初めて自分から望んだ仕事だ。
いままで失敗続きだったが今度こそ成功させてやりたい。
そういう成功体験の積み重ねこそがこの無気力には必要なんだ。
何しろヒャダルコ、これまで一つとして作戦に成功していないんじゃないか。