それぞれの楽器は決まった。あとは夜まで特訓して、本番を迎えるのみだ。
「夜はパルプンテの番だからね」
というと、パルプンテはボーカルじゃないのだろうか。
ああ、ヒャダルコは絶対にコンサートなんか見にこないから
犬をけしかけて連れていく役目なのかな。
そんな悪巧みに気づかず、ヒャダルコは部屋で寝ている。
しかしよく寝ているよなこいつも。
FF8が発売された99年の時点で引きこもりという概念はあっただろうか。
なければ、このゲームが先鞭をつけたことになる。
同時にたくさんの引きこもりを生みながら、だ。
数多の現代の引きこもりたちにさきがけて引きこもっていたものの
やはり退屈になったらしい。ヒャダルコは身を起こした。
(みんな何してるんだ?)
自分が落ち込んだときにはかならずやってくるパルプンテが来なくて
つまらないのかもしれない。
もう夜だけど、食堂に何か食べに行こうか。


本館から寮へと伸びる通路にはキスティス、ゼル、パルプンテが待ちかまえていた。
パルプンテは舞踏会の時に来ていた白いワンピースのドレスを着ているように見える。
レジスタンス活動からのどさくさで衣裳をもって来れたはずがないから
このドレスは似て非なるものか
もしかしたら前回の舞踏会の時も実は身一つでやってきて
ドレスはサイファーが誰かから巻き上げたのかもしれない。
後者の可能性を捨てきれないところがパルプンテのはかりしれないところである。
案外と風神のだったりして。
そういえば風神と雷神はどこに行ったのだろう。
サイファーのことを知ってガーデンを抜け出したのだろうか。
と、ドレスのでもとについては疑問が尽きないが
これだけの巨大設備なら裁縫ができる技術と設備があって当然だから
みんなが特訓してる間に頼んだのかもしれないな。
しかし学園生徒ではないパルプンテに、担当者がうんと言うとは思えない。
シド学園長に「ヒャダルコを励ましたいからドレス作って〜」と頼めば
快く了承してくれるかもしれないが
勢いはあるがヌケもあるパルプンテのことだから
戦闘部隊の長であるヒャダルコの名前を勝手に出したかもしれない。
「われらがファイター・ヒャダルコ様のご希望である! 断ったら、第一次の対魔女メンバーにお前を加える!」
なんて言われたら、これまで仕立て屋で生きてきた男に拒否できるはずはない。
しかし、ヒャダルコの悪評は学園中にひろまり
ヒャダルコに対しても唯一遠慮がないカドワキ先生にある日突然ぶっとばされるのだ。
かわいそうに、ヒャダルコ


ヒャダルコがわけもわからず眺める前で
キスティス先生とゼルは、一度パルプンテとうなずきあうと
走って逃げていってしまった。
そしてパルプンテだけが獲物を狙う肉食獣のように
自分が歩いてくるのを待っている。
いつもだったら「おハロー」と言いながら部屋にまで突入してくる女が
どうも今日は待ち伏せらしい。
ヒャダルコじゃなくても戻りたくなってくるだろう。
ちょっと気持ちを代弁して戻ってみることにした。
部屋に戻ったが、一日中眠っていたのだから当然で
もう眠れなくなってしまっている。
やっぱりパルプンテと対決するしかないのか。足取り重く、通路に引き返した。
「よ、元気?」
パルプンテが挨拶してくる。
瀟洒なドレスに身を包んでも動作も中身も同じだった。
馬子にも衣装というし、ふつう女の子がおめかししたら少しはおしとやかになるもんだが
さすがに「どうしたんだお前」ってくらいに美形にデザインされたパルプンテ
何を着ても素のまま品がないままらしい。
元気? というのはタダの挨拶なのだがヒャダルコは考え込んでしまった。
心には責任の重圧があり
身体は一日中ゴロゴロしていたからなまっており
目の前には天敵がいる。
とても元気とは言えない。しかし迂闊なことも言えない。
ヒャダルコの手札にいちばん多いカード『無言』でとりあえずしのぐことにした。
『無言』のカードもゼル、アーヴァイン、キスティス先生相手ならゲームをドローにできるが
セルフィとパルプンテ相手に出すと、運が悪ければコールド負けを食らうので
これは苦渋の決断である。
はたしてパルプンテは憂鬱そうな顔だと指摘した。そして慌てて
「悪かったな」とは言わないでくれと釘を刺す。
「それ言われると、会話、続かないんだもん」
これで、ヒャダルコのもつ最強のカードが封じられてしまった。
根が善良なヒャダルコには明らかにサイファー成分が欠けている。