「みんな、まませんせいのことは思い出せる?」
石の家の保母さん、通称カドワキ先生のことである。
それにしても『まませんせい』とはいい呼称だと思う。
母親と同時に先生になろうという気概が感じられる。
母親の愛は、子どもを虚弱児にするか暴君にするかだという言葉の通り
石の家の一年生は、虚弱児キスティスと暴君サイファーになってしまった。
ままだけじゃだめだ! せんせいでもなければだめだ!
手遅れになる前によく気づいたものだ。やるなあ、カドワキ先生。
あれ? もしかしたらカドワキ先生じゃないのかな。
いつも黒い服だった……ゼルが呟く。
カドワキ先生なら白衣を着ているはずだ。
ヒャダルコはもう少しはっきりと思い出したようだ。
いつも黒い服。それは、まるで。
みんなも同じことを感じているようだ。まませんせいは誰かに似ている。
キスティス先生はやさしい顔、黒くて長い髪に憧れたらしい。
やさしい顔は絶望的だが、黒くて長い髪は染めればいけるぞ。
キスティス先生はブロンドだもんな。黒い髪に憧れるのもわかる。
なにしろブロンドは頭が悪いという伝説があるから
優等生であることをアイデンティティのひとつに数える先生にはつらいだろう。


A「ブロンドが手榴弾を投げてきた。どうする?」
B「キャッチして、ピンを抜いて投げ返す」
とか
問「ブロンド女性が産婦人科で「妊娠している」と告げられた。彼女はなんていったでしょう?」
答「それ、私の子?」
というくらいだから。


皆が似ている、と言いあうのをアーヴァインは否定した。似ているんじゃないよ。
「まませんせいの名前はイデア・クレイマー」
なんと。
「まませんせいは魔女イデアなんだ」
そうだったのか。
ほんとに、石の家だけでいまのゴタゴタを生産したんだな。
やっぱり、エルオーネの目的は石の家を破壊することだったのか。
どうしてまませんせいが……その意外すぎ、残酷すぎる事実に途方に暮れる。


アーヴァインだけが、この問題にケリをつけていた。
それにしても、アーヴァインは魔女イデアのことをずっと知っていたのだ。
そう知ってから彼の行動を思い返すとその心痛がわかるようだ。
ヒャダルコからは、魔女暗殺の理由づけをほしがったし時計台でも行動ができなかった。
それでも最後は、自分を引き取って育ててくれた女性に向かって引き金を引けたわけだ。
その心中の葛藤たるや!
しかし、今まさにそれを味わっているヒャダルコたちにはアーヴァインはいい道しるべになってくれるはずだ。
「どうしてまませんせいが国を乗っ取ったりミサイル発射したりしたのかってこと?
 それはきっと僕たちがここで話しててもわからないと思うんだ」
12年前には魔女イデアはガーデンを作る作業にうつっただろう。
同時にサイファー、ヒャダルコがガーデンに移ったからには
アーヴァインはそれよりも先に石の家を離れ、ガルバディアの篤志家に引き取られたことになる。
つまり、アーヴァインにとっては憧れて、世話になった女性ではあるが
向こうにとって自分の存在が大きいとは思えないはずだ。
乗り込んでいって、膝を突き合わせて、説得できる相手でも立場でもない。
何を考えているんだと聞いたところで教えてくれるわけがない。
だから、アーヴァインは考えることをやめたのだろう。
魔女イデアは自分の母校を接収しようとしているし、ヒャダルコは重荷を一緒に背負うと言ってくれた。
それだけで判断しないといけないことだ、と時計台で腹をくくったのだろう。
ようやくかっこいい男になったな、お前!
「SeeDとかガーデンってまませんせいが考えたんだろ?
 僕はSeeDじゃないけど気持ちだけは君たちといっしょだ。
 SeeDは魔女と戦うんだろ?」


僕が言いたいのは。アーヴァインが話を続ける。
パルプンテが言ったこと、とってもよくわかるんだ。
 わかるけど、それでも僕は戦うよ。
 僕がこれまでに決めてきたことを大切にしたいからね。
 みんなも同じだと思うんだ。
 だから戦う相手がまませんせいだってことちゃんと知ってた方がいいと思った」
アーヴァインはずっと、このことを心にしまったまま他のメンバーを眺めていたのだろう。
ずっと育ててくれた恩を感じながらも、アーヴァインは「それはそれ、これはこれ」と切り替えられた。
でも他の連中はどうだろう?
ずっと考えてきて、ようやく大丈夫だと思えて、だからいま話を切り出したのではないだろうか。
そう考えると、アーヴァインの孤独感や不安、焦燥は誰よりも大きかったんじゃないかと思える。
何しろみんな自分のことを忘れているし、覚えているから苦しむ自分を弱虫みたいに見てる。
階段ではけり落とされて、ステージではフルートなんか吹かされた。セルフィにはふられた。
それでもやけになって暴露しなかったのはたいした我慢強さである。
でも、もう大丈夫だと判断したのだろう。
あるいはアーヴァインにとって大事なのはセルフィだけで
そのセルフィにトラビアの敵討ちという理由ができた以上あとの奴らは好きにしろと思ったのかも。
そっちの方が可能性が高いな。


人生には無限の可能性があるなんてことは信じていない。アーヴァインは続ける。
選べる道は常に少なかったし、選べなかったことも多かった。
学園の生徒である以上、恩のある保母を撃ち殺すという命令を受けざるを得なかった。
「その、少なかった可能性の中から自分で選んだ結果が僕をここまで連れてきた」
だからこそ、それまでの決断の結果である現在を大切にしたい。
アーヴァインがかっこいい。
確かに相手は大好きだったまませんせいで、大切なものを忘れてしまうかもしれない。
「いいんだ、それでも」
運命などに流されただけでここにいるわけではないから。
顔を引っかかれたとはいえ、D地区収容所で助けに来たのは独自のアーヴァインの判断である。
それに、なにより大事なことがあった。
子どものころ仲良しで、一緒にいた自分たちは一度は引き離されてしまった。
子どもだったから、一人では何もできなかったから、離ればなれになるしかなかった。
でも今は違う、とアーヴァインは言う。
「こうしてまた一緒になれた。新しい仲間……友達も増えた。
 僕たちはもう小さな子どもじゃない。みんなとっても強くなった。
 もう黙って離ればなれにされるのは嫌だから……だから僕は戦う」
聞いたか、ヒャダルコ。お前が常に言う「どうせ離れていくから誰も要らない」よりも
建設的な意見を持っている同い年がいるぞ。
さらっとサイファーのことを除外しているけどな。
ゼルが立ち上がった。
「俺もだぜ! 戦うぜ! おびえて隠れるなんてイヤだからな!」
まませんせい相手なのがつらいところだけどねとセルフィが呟くと
「それ、状況によってはガーデンの卒業生同士が戦わなくてはならないのと同じよ」
そうか?
そうなのか?
……そうなのか。


ずっと仲間はずれにされていたパルプンテヒャダルコが声をかけた。
こういう風に、俺たちは今後も戦うことを選びました。
「俺たちの方法って、こうなんだ。戦うことでしか自分も仲間も守れないんだ。
 それでもよければ俺たちと一緒にいてくれ。みんなも望んでいるはずだ」
おお。「いてくれ」にくわえてみんな「も」ときたか。変わったなあ。
そこに雪が降ってきた。ぱらぱらと降る雪を、妖精の贈り物というらしい。
それが降る日は何かいいことが起こるという伝説があるとかないとか。
確かに、ヒャダルコにとってはいいことがたくさんあったな。
パルプンテの心配とそれに対して「一緒にいてくれ」と言えたこと。
アーヴァインが、自分が逃げている恐怖に対してきちんと向き合っていると示してくれたこと。
何より、ずっと埋もれていた記憶がよみがえったこと。
「なあ、イデアの孤児院へ行ってみないか?」
ゼルが提案した。
何かわかるかもしれない、と他のみんなも乗り気である。
ヒャダルコだけは、すでに今ある以上、過去に何があったのか知ることはムダだと考えている。
「どんな真実が出てきても今が変わるわけじゃないさ」
それでも
「でも、正直言って、俺も見たい」
イデアの家を探し出して、行ってみよう。