怪物の資料があった部屋にやってきて、座り込んで頭を抱える。
おそらく最後の未回収案件だったラグナロクだが
不思議なことに、エスタの人間が回収にやってくる気配がない。
大気圏の内側であれば自動操縦も可能だというのに
それほどに、二人の魔女がやってきたことでおお揉めに揉めているのだろう。
そこにやってきたのはエスタのスタッフではなく、セルフィだった。
事情を何も知らず能天気にセルフィは喜ぶ。
それにしてもどうしてここに?
「もう、大変だったんだから〜!」
脱出ポッドが地上についた衝撃でセルフィは気絶したらしい。
気がついたらセルフィとピエットだけがその場に残っており、エルオーネはいなかった。
「おねえちゃん、いなかったんだぁ。無事だといいけど……」
おねえちゃんが自力で移動できるとは思えない。
とはいえエスタの人間だったらセルフィはともかくピエットは回収しそうだ。
誰が連れ去ったのだろう。
大問題だと思ったらしく、セルフィは即座に行動を開始した。
いつもながら、この娘のアドリブ力と行動力はすさまじく高い。
「で〜、ピエットさんは救助隊を待つっていったんだよ
 でも〜あたしはチョコボつかまえて(!) 走ってたらこのスゴイ船見つけて
 中に入ったら(!)ヒャダルコいてびっくり〜!」
お前には売るほどあるな、好奇心と勇気が。
師匠もいない状況で、モルボルが出てくる荒野を駆けてきたってのか。
さらに正体不明の船の中に乗り込んで。


「そうか」
衝撃の告白だったが、ヒャダルコはさらっと流す。
パルプンテのことで頭が一杯なのだろうが、あるいはセルフィがどういう生き物かもうわかっているのかも。
「ねえねえ、この船、飛ぶのかな? ちゃんと動くのかな?」
どうやらラグナロクの外観は、明らかに飛行機のように移動できるものらしい。
宇宙空間で移動するために作られたものだったら球体をしているはずだ。
だから、空気の抵抗がある地球の空も飛べるものなのではないだろうか。
しかし、ダメだぞセルフィ。これはエスタのものなんだから
能天気に動かそうとしちゃあダメだぞ。
と言いながら俺は結構期待している。


ヒャダルコが宇宙に飛び出したときすっごくカッコ良かったよ〜
 物語のヒーローみたい〜って思った」
そして
「ヒロインはどこ?」
とうとうその質問がなされた。
ああ、この行動力の塊にはさぞかし罵倒されるんだろう。
しかし説明するしかない。
そこにさらに鬱陶しいのがやってきた。3人とも。
少しはそっとしておいてやれよ、おまえら。
どうせとりあえずエスタに行くつもりだったんだからさ。
「帰ってきてすぐで悪いけど地上は大変なんだ」
ヒャダルコのぐったり感を読まない男として有名なゼルが話しだした。
「報告!
 なんか、ルナティック・パンドラってのが突然出てきたんだ。で、そいつのせいで大騒ぎになって
 まませんせいが目的を果たさなくて、いや、そりゃ良かったんだ」
どうやらガーデンではダンスは習っても報告の実習はしないらしい。
しどろもどろのゼルのおしゃべりによると
調査の結果まませんせいは魔女ではなくなっていたらしい。
本人も知らないうちにパルプンテに魔女の力を継承していたのだとか。
へえ。
魔女の力を継承すると、もとの人間はそれを失うのか。
つまりイデアパルプンテの流れとアデルの流れと
少なくとも二つの魔女の力が存在するのだな。
あともう一つ。
まませんせいの特殊技『冷徹なる一撃』
パレードカーの上で、ドーピングしまくったヒャダルコを一撃で鎮めてのけたあの氷の刃。
あれ、魔女の力じゃなかったんですか。
すっげえなあ
シド、よく今まで生きていられたなあ。


ルナティック・パンドラというのはエスタが海中から引き上げた遺跡であり
その中には『大石柱』というものがあって、月からモンスターを呼び込むのだそうだ。
なんだ。
月の公転軌道がうんぬんとか必死に理屈を積み上げようと努力したのに
「不思議な石が呼んでます」が正解だったのか。
なんかがっかりだが
ともあれ、そのあたりはサイファーがアルティミシアから受けた指示通りである。
サイファー、魔女の力を借りなくてもガルバディア軍を指揮できるほどの男になったんだな。
なんかうれしいものである。
「おまけに降って来たのはモンスターだけじゃないんだ。
 封印して宇宙に追放してあった魔女アデルが封印装置ごと地上に落ちてきた」
びっくりだぜ!
報告の名を借りたゼルのおしゃべりあるいは責任の譲渡行為はまだまだ続きそうだったが
ヒャダルコは打ち切った。
「大変だな。ああ、大変なのはわかった。でも、俺は何も考えられない」
「どうしたの〜、ヒャダルコ
うん、ヒャダルコがおかしい。
前のヒャダルコなら、おなじみの腕をブンと振るポーズで黙らせたのだが
なんだか弱々しい。
それを見て残り4人が口をつぐんでしまった。


パルプンテが魔女になってしまった。まませんせいの力を受け継いだんだ。
 少し前にパルプンテを迎えにエスタ人が来た。パルプンテエスタに行った」
淡々と事実だけを説明するヒャダルコと対照的に他の三人は元気だった。
彼らはルナ・ベースを見ていない。
何人もの人間が交代制で警戒するべき存在が魔女であることを知らないし
それを解放してしまったパルプンテの常軌を逸した行動を知らない。
だから、よりシンプルな判断を下すことができた。
「追いかけなくっちゃ〜!」
息巻くセルフィと、もう少し冷静なキスティス先生。
「むりやり連れて行かれたの?」
女どもがパルプンテに好意的なこの状況はよくわからんが
とにかく二人は、パルプンテが連れて行かれたことをこそ一大事と判断した。
「違う。パルプンテが望んだんだ」
ヒャダルコは否定する。
今でさえアデル解放という大仕事をやってのけたパルプンテ
今後どんどん憎しみの視線に晒されるだろう。
そういうもののイヤさはヒャダルコも想像ができるはずだ。
今より悪くなりたくないから――それは長らくヒャダルコの精神の背骨であって
それをずっとパルプンテが叩き起こそうとしてきた。
しかしその教育が完遂する前であるいま
こもあろうにパルプンテがその思考法に取り付かれてしまった。
当然ヒャダルコも覆させることはできない。


しかしキスティス先生たちは別だ。
ヒャダルコは止めなかった?」
パルプンテが自分で決めたんだ。俺にどんな権利がある?」
そのいじけた言葉に我慢の限界に達したキスティス先生が吼えた
「もう! やめてよ! 権利ですって!? なんの話をしているの?
 宇宙にまで行ってパルプンテを助けたのはなんのためだったの?
 もう会えなくなるかもしれないのにエスタに引き渡すため?
 ちがうでしょ? パルプンテといっしょにいたいからじゃなかったの?」
そしてとどめを
「バカ」
(……バカって言われた)
すさまじい剣幕に、おそらくヒャダルコのあたまはくらくらしているだろう。
そして最後のバカは効果的だったはずだ。
なんかこの金髪メガネの怒り方からすると
自分はバカらしい。
だったら自分が一生懸命考えて出したはずの結論も
もしかしたらバカなんじゃないだろうか。
「……かもな(何カッコつけてたんだ、俺)」
キスティス先生が送り出した風は
どうやらヒャダルコのこころのもやを吹き飛ばしてくれた。
問題なのはその風が
ホワイトウィンド(体力回復)なのか
くさいいき(ステータス異常てんこもり)なのかだが
今はただ、はっきりした視界でわかることをするだけだ。
そして見えるのはシンプルなことだった。